浜頓別音威子府線の旧道(中頓別町・天北峠編)
浜頓別音威子府線は1982年に一般国道275号へ昇格するまで、開発道路に指定されていました。したがって、道道時代を通して北海道開発局が管理している路線です。
1960年代後半から1970年代半ばにかけて(昭和40年代)、急速に舗装化が進み、ルート変更が行われました。その中から、本編では中頓別町字小頓別付近の旧道と、天北峠(中頓別町側)の改良工事についてご紹介します。音威子府村編では、旧JR天北線の踏切へ通ずる旧道を訪ねました。
歌登町営軌道をくぐる道
図1 歌登町営軌道をくぐる旧道。
図2 改良後の国道。
浜頓別側から進むと、現在の国道は直線で新川橋を渡り、枝幸音威子府線とY字路で合流します。しかしかつては、図1にあるように左にカーブしながら斜面に沿い、歌登町営軌道(1971年5月廃止)の下をくぐり、ほぼ直角に右折して新川橋を渡っていました。図ではカーブして枝幸音威子府線と合流するように描かれていますが、実際は直進していました。
旧道は、歩行可能な状態で残っています。
写真1 国道から左へカーブする旧道。
写真2 歌登町営軌道の鉄橋は既にない。枝幸音威子府線の新導橋(1961年完成)が見える。
ルートが切り替わった時期は明確でありません。現ルートが供用開始してから数年後に告示されているからです。新川橋の竣功が1973年9月である点を考慮すると、1973年末から1974年の間と推定されます。
旧道はその後、枝幸音威子府線のう回路として活用された記録があります。歌登町営軌道跡をまたぐ新栄橋の拡幅工事のため、1977年10月20日から翌年の2月28日まで使用されたものです。ただし、う回路設置(廃止)に伴う区域変更の告示は見当たりません。
町営軌道の廃止が、ルート変更を容易にしたともいえるでしょう。なお、歌登町営軌道については歌登町営軌道の旧線をご参照ください。
写真3 枝幸音威子府線のう回路に使用された道。写真4の撮影位置の後方にあたる。冬期間の供用で、除雪も実施されたという。
写真4 旧新川橋は木橋だった。小頓別市街へ直進していた。
天北峠の改良
図3 改良前の道道。未舗装で幅も狭かった。
図4 改良後の国道。
峠へ向かう区間の改良は、1973年度と1974年度に実施されました。
旧道の面影は残っていません。写真5の地点を除き、ほぼルートが重なるからです。小頓別の集落を後にすると、盛り土の上を進みます。これは、改良工事の際に造られたものです。旧道はそれより低い位置にありました。
工事をしていた当時、何度もこの区間を通りました。ただ幼い時分でしたので、記憶はあやふやです。工事に携わる作業員の方々が大勢いたことは覚えています。
写真5 送電線を過ぎて、最初に左へカーブする地点より。旧道は、斜面に沿っていた。
現在は、峠まで登坂車線が設置されています。2006年11月29日より供用を開始しました。隔世の感ありです。
- 地形図について
- 次の地形図を使用しました。いずれも、約2.3倍に拡大しています。
- 図1・図3
- 2万5千分の1地形図「小頓別」(1969年修正測量)
- 図2・図4
- 2万5千分の1地形図「小頓別」(1982年修正測量)
- 関連する告示
- 浜頓別音威子府線(1977年11月19日)
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建設省告示第1494号(道路の区域の変更) 区間 変更前後別 敷地の幅員 延長 北海道枝幸郡中頓別町字岩手129番の5から
同郡同町字小頓別32番まで前 10.91m 〜 21.82m 1.365km 後 19.00m 〜 28.00m 1.332km 北海道枝幸郡中頓別町字小頓別151番から
同郡同町字小頓別国有林82林班る小班まで前 14.54m 〜 50.90m 1.764km 後 26.96m 〜 63.00m 1.705km 建設省告示第1495号(道路の供用の開始) 供用開始の区間 供用開始の期日 北海道枝幸郡中頓別町字岩手129番の5から同郡同町字小頓別32番まで 昭和52年11月21日 北海道枝幸郡中頓別町字小頓別151番から同郡同町字小頓別国有林82林班る小班まで - 補足
- 告示の原文は、区間の順序が逆です。実際の区域変更・供用開始は、1973年度〜1975年度に行われました。
写真1から写真5までの共通データ
撮影日 2008年5月12日
- 参考文献
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- 『簡易軌道写真帖』(今井理・森川幸一著 1997年)
- 「開発道路の区域変更及び供用開始について(主要道道浜頓別音威子府線中頓別町内)」(北海道開発局稚内開発建設部 1977年)
- 2009年1月3日 更新
- 2008年7月19日 公開

