味戸ケイコ原画展回想

話は、2006年にさかのぼる。

8月のある朝、新聞の広告に目が留まった。『夢の果て』原画展が、北海道で最初に函館で開催されるという。期間は、8月の24日(木曜)から29日(火曜)まで。

『夢の果て』(瑞雲舎。2,100円)は、児童文学作家の安房直子さん(1943-1993)が月刊誌『詩とメルヘン』に発表した17編の単行本化である。収録作のイラストは、すべて味戸さんが担当した。なおイラストの大半は、改めて描き直したそうである。

収録作品は、安房さん特有の甘くないどんでん返しが少ない。ただ、エッセンスは随所に出ている。帯にある「宝玉集」は言葉だけでない。安房さんのメルヘンを存分に味わえる一冊だ。

原画展を観に行こう。

味戸さんの朗読とサイン会がある27日は、所用で札幌へ行かなければならぬ。そこで24日に都合をつけた。というのも、初日に作者が来場するケースが多いからである。淡い期待を胸に抱き、東室蘭駅から函館行特急スーパー北斗2号の客となった。

市電を十字街で降り、二十間坂を登りつめたFMいるかのギャラリーが会場である。平日であり、入場者はほとんどいなかった。

味戸さんの絵を天気に例えると、灰色の雲に覆われた風の強い午後というイメージがある。濃い陰影の中に、微かな光が差し込んでいる。そうした原画の数々を1時間近くかけてじっくり眺めた。安房直子さんの直筆原稿を拝見できたのも、貴重であった。ただ残念ながら、会場に原画の作者はいなかった。

会場を出て元町へ歩きかけた。そのとき、アンケートに回答していなかったのを思い出した。せっかくの機会なので…と思い直して引き返し、会場にいた瑞雲舎の方に申し出ると、円形テーブルで書くよう勧められた。アンケート用紙に向かっていると、別の男性と女性がテーブルに同席した。男性が女性へ差し出した名刺に目をやると「函館新聞社」とあり、記者らしい。そして女性に、安房直子さんとの関係について尋ね始めた。女性は私の隣に座っている。まさか! 胸の高まりを抑えながら、ほとんど書き終えたアンケート用紙を見つめつつ、話のやり取りを聞いていた。

実を言うと、その後の記憶はおぼろげである。すでに購入して読了済みだった『夢の果て』を買い求め、その場で味戸ケイコさんにサインしていただいた。鳥のイラストと、私の名前入りである。二言三言お話をして、会場を後にした。味戸さんは、小柄で物腰が柔らかだった。

サイン本は、瑞雲舎の封筒に入れて大事に保管している。私にとっての、宝玉集である。

残暑の函館で観た原画の数々と、味戸ケイコさんの印象が忘れられない。

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