国道235号・分岐点は東へ

苫小牧港建設で移動した分岐点

室蘭市と浦河町を結ぶ一般国道235号の起点は、一般国道36号終点と同じ位置です。

実延長は苫小牧市から始まります。分岐点は港の建設につれて、市の中心部から郊外へ、東方に移動しました。その軌跡を追ってみましょう。

図1について
  • ズームアウトは初期画面より1段階まで。

初代・二代交点

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写真1。一般国道235号の初代分岐点。
写真1。2級国道室蘭浦河線の指定当初は、旧道道苫小牧停車場線から直進するルートであった。指定解除から半世紀以上が過ぎ、日高地方を結ぶ幹線道路だったとは想像できない。2009年11月8日撮影。撮影地 苫小牧市錦町1丁目

指定当初の一般国道235号(2級国道室蘭浦河線)は、図1▲のE地点から分岐していました。紫色の線が旧国道で、海岸線に沿って東進していたのです。

F地点は苫小牧停車場線の旧終点であり、苫小牧駅を直結するメインルートだったことがうかがえます。詳しくは駅前通と支笏湖への道をご覧ください。

現在は左折する地点までが「苫小牧停車場通」、港までが同じく「汐見通」という都市計画道路に指定されています。

2級国道室蘭浦河線のルートは、苫小牧港(西港)建設に伴い、変更を余儀なくされます。

港の堀込が本格化したのは1960年7月からです。当然、国道と日高本線の処遇が問題となりました。道路と鉄道では、移設の経過が異なります。

5万分の1地形図「苫小牧」(昭和28年第2回修正測量)。等倍。
図2。苫小牧西港の建設が本格化する前。1960年代前半まで、1級国道36号線は室蘭本線を一本松踏切で渡り、日高本線とも平面交差していた。一本松踏切から海岸へ南下する道が、一時的に国道へ昇格した。5万分1地形図「苫小牧」(1953年第2回修正測量)、ほぼ等倍。
5万分の1地形図「苫小牧」(昭和43年編集)。等倍。
図3。苫小牧港の掘削が進みつつあった1960年代中盤。国道の踏切はルート切り替えで立体交差となり、一本松踏切跡の西方は操車場となった。現在のJR貨物苫小牧駅である。5万分の1地形図「苫小牧」(1968年編集)、ほぼ等倍。
表1 日高本線の移設
年月日できごと
1960年9月29日堀込用の浚渫(しゅんせつ)船が国道を分断。
上記と下記の間線路北側に遊水地を掘削。仮設線路を遊水地北側に建設・一時切り替え。
1960年10月末浚渫船が遊水地まで到達。
1960年11月28日遊水地南側へ橋梁架設工事に着手。
1960年12月7日橋梁が完成。
1961年10月新線を着工。
1962年11月21日新線上で気動車による試運転を開始。
1962年12月1日苫小牧-勇払間の線路を切り替え。
1962年12月3日旧線の橋梁を撤去。

2級国道室蘭浦河線は、1960年9月25日より通行禁止の措置がとられます。1級国道36号線を一本松踏切手前まで進み、そこから右折して海岸へ向かう道が迂回路となりました。この区間が2級国道として告示されたのは1964年11月で、4年の空白が生じました。

図2と図3では、一般国道36号のルートが全面的に異なります。こちらは、国道36号の記事に詳細を書きました。図3の右上に描かれている謎の道路については、苫小牧港線の記事をご参照ください。苫小牧港(西港区)建設の歴史にも触れています。

国土地理院「地図・空中写真閲覧サービス」より。
写真A・1961年5月1日撮影。苫小牧港の掘り込みは日高本線旧線よりも内陸へ進んだ。国道は分断されている。国土地理院「地図・空中写真閲覧サービス」より引用。解像度 400dpi の写真をトリミングし、50%に縮小。元画像の縮尺は1万分1。

関連する告示(二級国道室蘭浦河線)

1964年11月21日建設省告示第3189号(道路の区域の変更)
区間変更前後別敷地の幅員延長
苫小牧市栄町1番の2から 同市字勇払(字界)まで20.00m ~ 32.81m5.196km
苫小牧市旭町1番の1から 同市字勇払(字界)まで16.50m ~ 28.14m7.096km
1964年11月21日建設省告示第3190号(道路の供用の開始)
区間供用開始の期日
苫小牧市旭町1番の1から 同市字勇払(字界)まで昭和39年11月22日
告示注
  • 延長は、実延長のみを算出しているとみられる。
  • 告示の「栄町」は現在の旭町3丁目、「旭町」は同じく若草町1丁目。前者は地元で「駅通十字街」と呼ばれる地点で、後者は日高本線と交差していた場所である。一般国道36号の立体交差化工事の起点で、左カーブを切る交差点までは重複していたようだ。
  • 告示の「(字界)」は、初代ルートと2代ルートの交点から 77m 東方に位置する。
  • 現在の字界は、1975年7月1日施行で変更された。当時より東へ移動し、左折するとトヨタ自動車北海道の工場へ通ずる真砂大通交点が境界になっている。

三代・四代交点

苫小牧港の工事は、東側へ水路を掘り込む計画が決まっており、2代ルートの分断は時間の問題でした。勇払地区までの改良にあたって、ルートは大きく切り替わります。港を造成する予定地を避け、沼ノ端の一般国道234号交点から勇払の東へ出る新ルートを建設しました。一般国道234号のルート変更に伴い、交点の位置は1969年12月9日付で現在の上厚真苫小牧線交点へ移ります。詳しくは国道234号の記事をご覧ください。

5万分の1地形図「苫小牧」(昭和28年第2回修正測量)。等倍。
図4・ルート切り替え前。勇払駅の位置が異なる。5万分1地形図「苫小牧」(1953年第2回修正測量)、ほぼ等倍。
5万分の1地形図「苫小牧」(昭和43年編集)。等倍。
図5・ルート切り替え後。国策パルプは現在、日本製紙となっている。5万分1地形図「苫小牧」(1968年編集)、ほぼ等倍。

新ルートは勇払の市街を通らなくなり、市街地の商店は打撃を受けました。また港によって苫小牧中心部と隔たりが生じ、勇払地区の過疎化が進行しました。1968年から30年余りで、人口が4割減少しています。

国土地理院「地図・空中写真閲覧サービス」より。
写真B・1961年5月1日撮影。移転前の勇払駅は市街地寄りにあった。国土地理院「地図・空中写真閲覧サービス」より引用。解像度 400dpi の写真をトリミングし、約41.6%に縮小。縮尺は1万分1。
国土地理院「地図・空中写真閲覧サービス」より。
写真C・1961年9月2日撮影。勇払駅移転後。旧駅前通が新駅まで延長され、専用線は急カーブを描いている。国土地理院「地図・空中写真閲覧サービス」より引用。解像度 400dpi の写真をトリミング。縮尺は2万分1。

関連する告示(一般国道235号)

1966年6月22日建設省告示第2015号(道路の区域の変更)
区間変更前後別敷地の幅員延長
苫小牧市旭町1番の1から 同市字勇払(河川敷地)まで20.00m ~ 20.00m13.502km
苫小牧市字沼の端61番の5から 同市字勇払(河川敷地)まで8.10m ~ 40.00m6.338km
1966年6月22日建設省告示第2016号(道路の供用の開始)
区間供用開始の期日
苫小牧市字沼の端61番の5から 同市字勇払(河川敷地)まで昭和41年6月23日
告示注
  • 延長は実延長のみを算出しているとみられる。
  • 区間の終わりは、勇払橋の手前まで。
  • 3代ルートの現地調査は1963年度に実施された。1965年には、現在の明野川を渡る勇勝橋(全長 19.80m)と、日高本線をまたぐ勇払跨線橋(全長 13.00m)が完成した。
  • 同時に竣工した、製紙工場の送水管を渡る勇払小橋(全長 15.50m)は後に廃止された。
  • 旧一本松踏切南から海岸線へ至る道は市道へ移管され、中野臨港道線(1,621m)と真小枚臨港道線(1,100m)になるも、1970年に廃止された。現在は日本軽金属苫小牧製造所・出光興産北海道製油所の敷地となっており、痕跡はない。

五代交点

苫小牧東部工業基地開発計画の一環として、様々な論議を呼びながらも着工された苫小牧東港は、水路の一部が国道を分断する計画になっていました。そのため1971年8月の開発基本計画に、一般国道235号のルート切り替えが明記されます。日高本線も切り替える計画でしたが、実現に至りませんでした。この段階で、一般国道36号からの分岐が構想されていたようです。勇払原野を横断するルートの大半は、上厚真苫小牧線と重複します。

工事区間の7割は泥炭等の軟弱な地盤で、対策として大量の盛り土が施されています。砂と赤泥を混ぜ、脱水してセメントを加えた赤土が主に使用されました。総事業費は135億4,790万円です。

表2 一般国道235号の切り替え
年月日できごと
1981年~1983年地質・埋蔵文化財の現地調査と、測量・用地買収を実施。
1983年8月厚真町共和地区より着工。盛り土と橋梁基礎工事。
1984年苫小牧市柏原地区の盛り土工事。柏原橋拡幅・歩道橋を併設。
1985年~1986年1985年、共和橋架設。1986年、浜厚真橋架設。
1986年12月5日道道上厚真苫小牧線と重複する区間の供用を開始。
1987年苫東大橋・浜厚真跨線橋を架設。静川橋改良。共和地区地盤対策。
1987年12月4日残る区間を供用開始。4代ルートの指定を解除し、道道・市道等へ移管。

関連する告示(一般国道235号)

1983年8月22日建設省告示第1425号(道路の区域の変更)
区間変更前後別敷地の幅員延長
苫小牧市字沼の端53番44から 勇払郡厚真町字浜厚真308番まで前A8.70m ~ 40.09m15.340km
同上後A8.70m ~ 40.09m15.340km
勇払郡厚真町字共和841番2から 同町字浜厚真308番まで後B32.00m ~ 103.50m6.042km
備考上記A及びBは、関係図面に表示する敷地の区分をいう。
1984年5月1日建設省告示第960号(道路の区域の変更)
区間変更前後別敷地の幅員延長
苫小牧市字沼の端53番44から 勇払郡厚真町字浜厚真308番まで前A8.70m ~ 40.09m15.340km
勇払郡厚真町字共和841番2から 同町字浜厚真308番まで前B32.00m ~ 103.50m6.042km
苫小牧市字沼の端53番44から 勇払郡厚真町字浜厚真308番まで後A8.70m ~ 40.09m15.340km
苫小牧市字沼ノ端255番196から 勇払郡厚真町字浜厚真308番までB・C25.00m ~ 121.60m16.193km
備考上記A・B及びCは、関係図面に表示する敷地の区分をいう。
告示注
  • 1983年に上厚真苫小牧線交点-浜厚真のルートを決定し、翌年には重複する道道を国道へ昇格させた。
  • 幅員が広いのは、中央に緑地帯を挟むためである。その後、日高自動車道を通すことになった。
1986年12月4日建設省告示第1898号(道路の供用の開始)
区間供用開始の期日
苫小牧市字柏原5番9から 勇払郡厚真町字共和90番まで(ただし、関係図面に表示する部分のみ)昭和61年12月5日
告示注
  • 上厚真苫小牧線と重複する区間。
1987年12月4日建設省告示第2049号(道路の区域の変更)
区間変更前後別敷地の幅員延長
苫小牧市字沼ノ端53番44から 勇払郡厚真町字浜厚真308番まで前A8.70m ~ 40.09m15.340km
苫小牧市字沼ノ端255番196から 勇払郡厚真町字浜厚真308番までB・C25.00m ~ 121.60m16.193km
苫小牧市字沼ノ端53番44から 勇払郡厚真町字浜厚真308番までB・C・D22.00m ~ 548.00m17.678km
備考上記A・B・C及びDは、関係図面に表示する敷地の区分をいう。
1987年12月4日建設省告示第2050号(道路の供用の開始)
区間供用開始の期日
苫小牧市字沼ノ端255番196から 同市字柏原5番7まで(ただし、関係図面に表示する部分のみ)昭和62年12月4日
勇払郡厚真町字共和841番2から 同町字浜厚真308番まで(ただし、関係図面に表示する部分のみ)昭和62年12月4日
告示注
  • 第2049号はルートを切り替えた告示。現ルートは、1983年8月22日(建設省告示第1425号)と1984年5月1日(同第960号)の2度に分けて編入された。
  • 第2050号の上段は苫東大橋で、下段は上厚真苫小牧線交点以東の区間。
  • 海岸回りの旧ルートは、苫小牧環状線厚真浜厚真停車場線の道道2本と東部南通線・弁天中央線の苫小牧市道2本、浜厚真本線などの厚真町道へ移管された。

苫東道路と六代交点

2万5千分の1地形図「ウトナイ湖」(平成16年更新)を約0.9倍に縮小。
図6。日高自動車道は、沼ノ端西ICまでが先行開通した。同ICと一般国道234号を結ぶ一般道が同235号の一部である事実は、未供用区間の開通で周知となる。2万5千分1地形図「ウトナイ湖」(2004年更新)を約0.9倍に縮小。

一般国道235号の一部である日高自動車道は、1987年策定の第四次全国総合開発計画で決定された一般国道の自動車専用道路です。このうち、道央自動車道・苫小牧東IC(インターチェンジ)と厚真ICの間は別名「苫東道路」といい、途中に次のICが設置されました。

  • 沼ノ端西(仮称・ウトナイ)
  • 沼ノ端東(同・柏原)
  • 苫東中央(同・静川)

1988年4月に着工した苫東道路は軟弱地盤対策に腐心しながら工事を進め、1998年3月23日に沼ノ端西ICまで、同年7月6日に厚真ICまで開通します。その際、図1▲のI地点からB地点までの連絡道路が、国道として供用を開始していました。以下が該当の告示です。

1998年3月23日建設省告示第753号(道路の供用の開始)
区間供用開始の期日
苫小牧市字植苗634番2から 同市字沼ノ端四街区まで(ただし、関係図面に表示する部分のみ)平成10年3月23日
苫小牧市字沼ノ端三街区から 同市字沼ノ端255番156まで(ただし、関係図面に表示する部分のみ)平成10年3月23日

六代交点に関連する告示

1989年4月4日

一般国道234号

建設省告示第951号(道路の区域の変更)
区間変更前後別敷地の幅員延長
苫小牧市字沼ノ端255番196から 同市字沼ノ端229番1まで前A21.98m ~ 47.00m4.026km
同上後A21.98m ~ 47.00m4.026km
同上後B40.00m ~ 572.00m2.986km
備考上記A及びBは、関係図面に表示する敷地の区分をいう。

一般国道235号

建設省告示第951号(道路の区域の変更)
区間変更前後別敷地の幅員延長
苫小牧市字植苗644番から 同市字沼ノ端255番8まで前A21.98m ~ 47.00m3.827km
同上後A21.98m ~ 47.00m3.827km
同上後B27.28m ~ 572.00m3.983km
備考上記A及びBは、関係図面に表示する敷地の区分をいう。

1991年6月21日

一般国道235号

建設省告示第1292号(道路の区域の変更)
区間変更前後別敷地の幅員延長
苫小牧市字植苗644番から 同市字沼ノ端255番8まで前A21.98m ~ 47.00m3.827km
同上前B27.28m ~ 572.00m3.983km
同上後A21.98m ~ 47.00m3.827km
同上後B31.36m ~ 572.00m3.983km
備考上記A及びBは、関係図面に表示する敷地の区分をいう。
区間変更前後別敷地の幅員延長
苫小牧市字柏原5番1から 勇払郡厚真町字共和394番まで57.00m ~ 121.00m12.097km
同上55.50m ~ 234.00m12.097km

1991年10月3日

一般国道235号

建設省告示第1728号(道路の区域の変更)
区間変更前後別敷地の幅員延長
苫小牧市字植苗644番から 同市字沼ノ端255番8まで前A21.98m ~ 47.00m3.827km
同上前B31.36m ~ 572.00m3.983km
同上後A21.98m ~ 47.00m3.827km
同上B・C24.00m ~ 572.00m6.072km
備考上記A・B及びCは、関係図面に表示する敷地の区分をいう。

1994年2月7日

一般国道235号

建設省告示第202号(道路の区域の変更)
区間変更前後別敷地の幅員延長
苫小牧市字植苗644番から 同市字沼ノ端255番8まで前A21.98m ~ 47.00m3.827km
同上B・C24.00m ~ 572.00m6.072km
同上後A21.98m ~ 47.00m3.827km
同上B・C・D24.20m ~ 572.00m7.165km
備考上記A・B・C及びDは、関係図面に表示する敷地の区分をいう。

1998年3月23日

一般国道234号

建設省告示第476号(道路の区域の変更)
区間変更前後別敷地の幅員延長
苫小牧市字沼ノ端255番196から 同市字沼ノ端229番1まで前A21.98m ~ 47.00m4.026km
同上前B40.00m ~ 572.00m2.986km
同上後A21.98m ~ 47.00m4.026km
備考上記A及びBは、関係図面に表示する敷地の区分をいう。

一般国道235号

建設省告示第476号(道路の区域の変更)
区間変更前後別敷地の幅員延長
苫小牧市字植苗644番から 同市字沼ノ端255番8まで前A21.98m ~ 47.00m3.827km
同上B・C・D24.20m ~ 572.00m7.165km
同上後A21.98m ~ 47.00m3.827km
同上B・C・D24.20m ~ 590.00m7.097km
備考上記A・B・C及びDは、関係図面に表示する敷地の区分をいう。

1998年7月6日

一般国道235号

建設省告示第1420号(道路の供用の開始)
区間供用開始の期日
苫小牧市字沼ノ端三街区から 勇払郡厚真町字上厚真321番1まで平成10年7月6日

2010年3月15日

一般国道235号

北海道開発局告示第37号(道路の供用の開始)
区間供用開始の期日
苫小牧市字沼ノ端902番7から 同市字沼ノ端903番1まで平成22年3月15日

2010年4月1日

一般国道235号

北海道開発局告示第59号(道路の区域の変更)
区間変更前後別敷地の幅員延長
苫小牧市字植苗644番から 同市字沼ノ端255番173まで前A21.98m ~ 47.00m3.827km
同上前B27.28m ~ 572.00m3.983km
同上後B27.28m ~ 572.00m3.983km
備考上記A及びBは、関係図面に表示する敷地の区分をいう。
参考文献
  • 『苫小牧港史』(苫小牧港管理組合。1982年3月31日発行)
  • 『悠久二百年』(勇払悠久200年祭記念誌編集委員会編。2000年10月1日発行)
  • 『苫小牧市史(追補編)』(2001年3月25日発行)
  • 『苫小牧民報』(1960年9月29日付・1962年11月21日付)
  • 『橋梁、トンネル、立体横断施設、覆道等現況調書』(北海道開発局。2008年4月1日現在)
  • このほか、苫小牧市議会の議案書・議事録を参照しました。
苫小牧シリーズ
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